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joonに恋して

BYJ シアター
永遠の恋人 中編
本日は「永遠の巴里の恋人」中編です。



ここはパリです。
ジョンジュもリカも、韓国人でも日本人でもありません。まさにパリの恋人です。

日本とも韓国とも違う空気を感じてください!



ではここより本編。
お楽しみください。


~~~~~~~~


主演:ぺ・ヨンジュン

【永遠の巴里の恋人】中編



しばらくしたある夜。
リカの部屋のドアをジョンジュがノックしている。


ジ:リカ、リカ。起きてくれ。
リの声:(部屋の中から)なんですか。もう2時ですよ。
ジ:頭が痛いんだ。喉も痛い。風邪を引いたらしいんだ。
リの声:キッチンの引き出しに薬が入っているでしょう。
ジ:リカじゃないとわからないよ。リカ、リカ!
リの声:もう・・・。(仕方なく起きる)待っててください。服を着るので。
ジ:服なんていいよ。誰も見てないんだから。それより早くしてくれ。


リカは、パジャマ用の薄手のパンツにキャミソール、それにざっくりとした長めのカーディガンをかけて出てくる。
呆れた顔をしてジョンジュを見る。


リ:先生。どうしたんですか。(母親のように額に手をかざし、熱を見る)う~ん、熱が出てきたみたいですね。頭が痛くて喉も痛いんですね。


リカが先導して二人、キッチンへ移動する。キッチンの引き出しから薬を探す。


リ:もう、ここにうちの漢方薬が入っているのに。先生だって探せるでしょ。
ジ:日本語はムリだよ。
リ:漢字で書いてあるんだし、読めるはずですよ。ヘイジャは平気で自分で飲んでましたけど。



責めるように、リカが、ジョンジュを見上げる。メガネをかけていないジョンジュが、甘えた目でリカを見ている。
リカは、ちょっとドキッとするが、同じ引き出しからペンライトをとり出して、


リ:ア~ンして。先生、ア~ンです。ああ、少し喉が腫れてますね。(薬を選び出し、水と一緒に渡す)


ジョンジュは、言われた通り、ごっくんと飲み干す。
そしてまた、黙ってリカを見ている。
リカが困って、冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出した。


リ:さあ、これを持ってベッドへ行って寝てください。(ジョンジュの背中を押して、ジョンジュの寝室へ行く)ちょっと待っててくださいね。柚子茶を入れてきますから。


しばらくして、ジョンジュの寝室へ柚子茶を持ってリカが入ってきた。


リ:飲んで。温まりますから。
ジ:懐かしいなあ。(柚子茶を覗き込む)
リ:・・・ヘイジャの置き土産です・・・。(ジョンジュの顔を見る)


ジョンジュが、ちょっと甘えた顔をして、


ジ:寝るまでここにいて。(自分の寝ているベッドの左端を軽くトントンとたたく) 一緒には寝てくれないんだろ?
リ:(ちょっと赤くなって)そんな・・・風邪が移ります。(ベッドの端に腰掛けて)じゃあ、寝付くまで。・・・男の人ってほんとに大げさ。風邪もひきやすいし。
ジ:(ちょっとドキッとして)そんなに男を知っているのか・・・。
リ:ええ、知ってますよ。うちは男所帯でしたから。母が13の時に亡くなってから、父と一つ違いの弟と三人暮らしだったんです。
ジ:(しんみりと)そうか。男の気持ちがわかるか・・・。じゃあ、手を握って、眠るまで。男の甘えもわかるだろ? (手を差し出す)


リカは、ちょっと躊躇するが、相手が病人なので、手を握る。


リカの手では余るほど、大きな手。
熱で熱い手。


ジョンジュは、少し目を瞑って手を握られたままにするが、パッと目を開けて、握っていた手を解き、その手でリカの太ももの辺りを触る。
リカは驚くが動けない。
リカのパジャマ用のパンツは薄手で、ほとんど服を着ていないと同じだ。

ジョンジュの手の温もりがわかる。
その手はゆっくり太ももの内側のほうへ動いてくる。
リカは我を忘れそうになるが、振り切るように立ち上がった。


リ:お休みなさい!


顔も見ず、部屋を飛び出す。急いで自分の部屋へ入り、カギをかける。
胸のドキドキが収まらない。


リカの声:
『先生は・・・先生は、私の体の変化に気づいたかしら・・・』



恥ずかしさと、そして、本当はそのまま、自分からジョンジュのベッドに入ってしまいたい衝動が交差して、リカはベッドに入ってもなかなか寝付くことができなかった。









翌日の朝。キッチン。
リカが、おかゆを炊いている。
ジョンジュの具合が心配だが、昨晩のこともあり、簡単には寝室へ顔を出すことができない。

何か口実がほしい。


お盆におかゆと薬、蒸しタオルをのせて、ジョンジュの部屋をノックする。
返事がない。
リカが入っていく。ジョンジュは、まだ眠っていた。

サイドテーブルにお盆を置き、ベッドに腰掛けて、ジョンジュの寝顔を見る。
リカは愛しさが増して、本当に一緒に横になりたい衝動にかられる。
ジョンジュの額を触る。
熱は少し下がったようだ。
ジョンジュが気がついて目を覚ます。リカを見上げた。


ジ:来てくれたの。(じっとリカを見る)
リ:(恥ずかしさを抑えて)おかゆを作ったの。 食べてみる?(リカは自分の言葉に驚く。昨日までと違って親しそうに話している)
ジ:昨日はごめん。・・・ふざけてしたわけじゃないんだ・・・。本当にリカが必要だったんだ・・・。
リ:汗をかいたんだったら、体を拭いたほうがいいわ。(蒸しタオルを渡す)パジャマも着替えたほうがいいし。


ジョンジュが体を拭いている間、ジョンジュを見ないようにして、新しいTシャツとパジャマ用のパンツを持ってくる。
リカが、うつむきながら、着替えを渡す。


リ:はい、先生。
ジ:リカ。もう先生なんて呼ばなくていい。ジョンジュでいい。そのほうがいい。


その言葉に、リカがジョンジュの顔を見た。
ジョンジュのキレイな上半身が目に入る。
リカは、胸が苦しくなってきた。


ジ:昨日、リカにしたこと、本気なんだよ。リカを抱きたいと思った。・・・リカが好きだから。


ジョンジュが、リカのほうへ手を伸ばし、リカの顔をじっと見つめている。

リカは、自らその手を掴んだ。
ジョンジュがリカを引き寄せる。

ああ、ジョンジュに今、私は抱かれたい・・・。

リカの恋心が揺れる。


ジ:今日はしばらくここにいて。リカを感じていたいんだ。


ジョンジュは、リカを自分の横に引き寄せて、座らせる。
二人は、顔がくっつくくらいの距離で見つめ合う。
ジョンジュが、リカのタートルネックのセーターを上に引き上げ、リカは薄手のタンクトップだけになる。

リカが、じっとジョンジュを見つめた。

そして、ジーンズを脱ぎ、そのままジョンジュのベッドに入る。
小さなリカが、病身のジョンジュをまるで子供を抱くように胸に抱く。

ジョンジュは、「フ~」と息を漏らし、リカの胸に頬擦りをして、リカのニオイを嗅ぐように深呼吸し、気持ちよさそうに顔を埋めた。
リカはやさしく、ジョンジュの髪を撫で、額にそっと口づけをして、自分の腕の中に包み込むように抱きしめる。


二人は抱きあったまま、眠りに落ちた。











一月のある日、昼近く。
ジョンジュとリカが、手をつないで蚤の市を見ている。
リカは小物が好きで、小物があると立ち止まる。
ジョンジュと二人で、ブラブラ歩くが、ジョンジュに手を引かれ、裏通りにあるアンティークショップに入った。
中に入ると、ジョンジュは手を解き、ドンドン奥へ入っていく。
リカは中ほどのところで、かわいいろうそく立てを選んでいる。


ジ:リカ、おいで。(奥からリカを呼ぶ)


リカは呼ばれるままに、ジョンジュのほうへ入って行く。
店の一番奥に猫足のアンティークのショーケースがあり、そこをジョンジュが覗いている。


ジ:リカ、見てごらん。ほら、あれ。あのガーネットのネックレス。いいだろ?


リカが覗き込む。


ジ:やっぱりおまえに合ってるよ。見せてもらおう。


リカは、どんどん、ジョンジュが決めるので、ドキドキしながら付き合う。店員がカギを開け、うやうやしく、トレイの上にのせる。


店:こちらの品は、50年代のものですが、この彫金が見事です。ガーネットの周り、鎖は22金でできています。ガーネットの裏まで金を張るのは当時の技法で、これが返ってガーネットの輝きを抑えてシックです。長さも40~45センチまでフック式で調節ができますよ。


22金のキラキラしないマットな仕上がり。 一粒石のガーネットがやさしい光を放っている。


ジ:やっぱりいいね。おまえの一月の誕生石だし、今のおまえの格好にも合っているし、もっと大人になってからも、エレガントな服装にも合いそうだ。長く使えそうだね。(うれしそうにリカを見つめる)


リカは、ジョンジュの言葉がうれしい。
今の自分も将来の自分もジョンジュが愛してくれるような気がする。長く使えるものをプレゼントしてくれる気持ちがうれしい。


ジ:つけてもいいですか?
店:どうぞ。


ジョンジュがリカの首に手を回し、ネックレスをつけてくれる。鏡で見ると、本当によく似合う。
今のリカのポップな服装にもマッチしている。
さすがにジョンジュは芸術家だ。とても目がきく。
そして、たとえれば、綿や麻の風合いのリカという素材にとてもマッチしているのだ。


ジ:こちらを下さい。
店:ではお箱に入れましょう。
リ:このまま、つけていきたいの。(ジョンジュを見る)
店:ではお箱だけお包みしましょう。




店を出たところで、リカが、ジョンジュの手を引っ張った。
ジョンジュが、「何?」という顔をするが、リカがジョンジュに飛びついて言う。


リ:ありがとう。あなたにお礼のキスがしたかったの。(ジョンジュにキスをする)
ジ:誕生日、おめでとう。リカも24歳だね。(顔を覗き込む)
リ:うん・・・。ジョンジュ、これ探すの、たいへんだった? 何件もお店、回った? (抱きついたまま、聞く)
ジ:(笑って)やっぱり気に入ったものを買わなくちゃね。



リカの心は喜びでいっぱいだ。
この充実感。
ジョンジュがリカを愛してくれているという実感。


リカは幸福に酔いしれていた。









朝の洗面所。
大きな鏡のある広い洗面台。

リカが、歯を磨いている。
薄手の短めのタンクトップ、胸が少し透けて、ちょっとおへそが見える。それに黒のショーツをはいている。
ジョンジュが柔らかい薄手のパジャマ用のパンツを腰ではき、上半身裸で入ってきた。

リカは口をすすぎ、場所を譲る。
ジョンジュが、鏡に向かってシェービングクリームを塗り始まる。
リカは、鏡を背に洗面台にどんと座り、足をブラブラさせながら、ジョンジュのヒゲ剃りの準備を見ている。
その視線は少し挑発的でセクシーだ。

ジョンジュは、横目で彼女を確認しながら、鼻歌を歌い、頬、口の周りをシェービングクリームでいっぱいにする。
そして彼女のほうに顔を向け、ツンとした目つきのまま、さっと彼女の鼻の下にクリームを一塗りし、口元だけ微笑む。

リカはあっと驚いて、鏡のほうへ振り返り、覗き込み、鏡の中のジョンジュにうれしそうに微笑みかける。
リカはクリームのヒゲをつけたまま、覗き込むように彼がヒゲを剃るのを見つめる。
ジョンジュが剃り終わって軽くタオルでクリームを拭き取る。ついでにリカのクリームも拭き取る。


リ:(笑いながら、せがむ)ねえ、もっとやって。ねえ、もっと!



まだいくらか顔にクリームが残るジョンジュが、座っているリカの足を割って入るように体を押しつけてきて、リカの腰を引き寄せる。
リカはジョンジュの首に腕を回し、洗面台に座った形から軽くジョンジュの腰に足を回し抱っこされた格好になる。
ちょっと見つめ合うが、軽くキスをして笑いあい、ふざけたように軽いキスを何度も繰り返しながら、二人は洗面所を後にする。


鏡には、腰にリカの足をからめて抱っこしたまま、出ていくジョンジュの後ろ姿が映り、二人の笑い声だけが残った。







ジョンジュのアトリエ。
仕事の構想を練るジョンジュ。
一歩下がったところで小さなイスにリカが座って、ジョンジュの後ろ姿をスケッチしている。
ジョンジュが頬杖をついて頭を右にやれば、リカの頭も右に傾く。
左に行けば左。
ジョンジュの動きに合わせて動くリカがいる。






夜のひととき。
リビングの大きな一人がけのソファ。オットマンに足を投げ出して、本を読むジョンジュ。
そこへリカがやってきて、ジョンジュに向かい合うように彼の太ももをまたいで座り込み、本の隙間からジョンジュを見つめる。


ジ:後で・・・。
リ:後っていつ?
ジ:もう少し・・・。(そういったまま、本を読み続ける)


リカは、じっと読み終わるのを待つ。
ジョンジュが怒ったようにリカを見て、本を閉じる。


リ:怒った? 本当に怒った? (ジョンジュをちょっと見つめて、変な顔を作ってジョンジュを誘う)
ジ:おまえはいつも・・・。(神経質なはずなのに、なぜかリカには本気で怒れない)
リ:じゃまをする?
ジ:・・・タイミングが悪い・・・。


リカは、ちょっとすねて立ち上がり、去ろうとするが、逆にジョンジュがぐいっと手を引っ張る。


ジ:せっかくその気になったのに。


リカがうれしそうにジョンジュに向き合って座り直し、ジョンジュに顔を近づけた。









午後。
ジョンジュのいないアトリエ。

リカが絵の道具を借りに来る。
棚の上を調べ、道具箱を見て。知恵の輪を見つけて、ちょっと微笑んでいじってみる。

作業用のテーブルにやって来て、ジョンジュのイスに座り、脇のチェストをしばし見つめる。

ジョンジュのいつも使っている一番上の引き出しをパッと引き出す。
勢いよく開けたので奥のほうまで見渡せる。
奥に一枚の写真が入っている。

リカが、見つめる。

20代半ばのジョンジュと美しい女が仲良く肩を寄せている。
それはこの家で撮られたものだ。

日付は6年前。
リカの顔から血の気が引いていく。

なぜ、そんな古い写真がこの引き出しに入っているのか。

ジョンジュが一番使う引き出し。
当たり前のように毎日使う引き出し。
リカはジョンジュの仕事場のこの引き出しの中を見たことはなかった。

なぜか。
人の神聖な仕事場の引き出しを開けることは、その人の頭の中を開けて見るのと同じように感じていたからだ。

しかし、今日、簡単に開けてしまった。
まるでパンドラの箱のように。
見てはいけないジョンジュの頭の中。


でも、手に取らずにはいられない。

写真の裏・・・ジョンジュの字で「ジュ・テーム!モン・マリー!(愛してる!僕のマリー)」
女の名前は「マリー」。


何かもっと証拠はないか。
ジョンジュの頭の中を表す証拠。
リカが、その神聖と思われた引き出しをどんどん開けていく。

一番下の引き出し。

小さなアルバム。

開いてみる。

大学時代のジョンジュ。
今よりずっと若く幼い感じ。
まだ線が細くかわいらしい。
それと同時期と思われる頃の写真。常に彼女と一緒だ。
大きな賞を受賞しているジョンジュ。
授賞式のオフショット、彼女と並んでうれしそうに笑うジョンジュ。
ボボの写真。赤ちゃんのボボを抱く幸せそうなその人。



リカは、打ちのめされそうになる。
ジョンジュの若く光り輝く時代はすべて彼女と一緒だ。


マリー、マリー。
あなたはジョンジュの何?
今あなたはどこにいるの? 
もう終わったことなの? 
あなたは終わってもジョンジュは終わってないの?


この引き出しにマリーは住み着いている。


リカは呼吸ができない。


いったい、いったい、私の信じたジョンジュはどこ・・・。

私はその人が残していったものをただ世話をしているだけなのか・・・。

教えて。
教えて、ジョンジュ。


胸の苦しさに呼吸がままならないリカ。
両手でガーネットを握りしめる。


リカの声:
『どうか、どうか、私の願いを叶えて。あの人を私だけのものにして。どうか、ジョンジュの心が私だけにありますように。私の思いを叶えてください』



思いが成就するというガーネット。
リカが一人、ジョンジュへの思いに沈んでいく・・・。







夜。
ジョンジュの寝室。
スタンドが明るめについている。
リカがベッドの奥のほうに背中を向けて寝ている。
そこへジョンジュがパジャマ用のパンツを履いて上半身は裸で現れる。手には白のTシャツを持っている。
ベッドに腰掛け、Tシャツを着ていると、リカがくしゃみをする。



ジ:(肩を出して寝ているリカに布団を首の所までかけてあげながら)風邪ひくぞ。
リ:・・・誰かがうわさしてる。
ジ:(枕の上に腕を組み、頭を乗せてあおむけに寝転ぶ)誰が?
リ:(ジョンジュのほうに体を向けて)くしゃみ1回は誰かがうわさしているって言うでしょう。ねえ、誰だと思う?
ジ:わからない。(天井を見ている)
リ:昔の恋人かも。(探りを入れる)


ジョンジュは黙っている。


リ:ねえ、前から聞きたかった事があるの。・・・いつ、私のこと、好きになった?
ジ:忘れた。(リカを横目で見て)おまえは?
リ:教えたら答える?
ジ:うん。
リ:ジョンジュがベランダで酔ってた日・・・。あの日に・・・。


リカはあの時のジョンジュの目を思い出す。胸が苦しくなったあの目。


ジ:ハハハ。酔っ払ってた時?(リカの気持ちがわかっていない。冗談だと思っている)う~ん、いつ、リカを好きになったかな・・・。
リ:忘れたの? じゃあ、私が思い出させてあげる。催眠術を使うわ。(リカ、ベッドから起き上がり、ジョンジュの顔の前に手をかざし)あなたはだんだん眠くなる。眠くなっていきます。ほら、もうあなたは無意識の世界に入りました。


ジョンジュは笑いながらも目を閉じ、リカに合わせる。


リ:あなたには今、ステキな恋人がいます。若くて魅力的で、あなたを幸せにしてくれる人です。さあ、あなたは彼女に出会って、いつ恋に落ちましたか?
ジ:(目を閉じたまま、しっとりとやさしい口調で)彼女が初めて僕のアトリエに入ってきた時です。僕が彼女を見て、「君、注文と違うじゃない」と言った時の、ちょっと怒った彼女の顔を心からかわいいと思いました。それから・・・彼女がキッチンのカウンターでレポートを書いていたあの日、その横顔の美しさに見とれました。その後、二人で座って話をして、彼女に愛しさを感じて、吸い込まれるように僕は恋に落ちました。


リカは、ジョンジュが出会いをちゃんと覚えていてくれたことがうれしくて、うっすら涙ぐむ。


リ:(しんみりと)それから私はここに住んでいるのよね・・・。(明るい声を演出して)では次の質問です。(意を決して)あなたはいつ、彼女を初めて抱きたいと思いましたか?その時、あなたの心には彼女だけでしたか?


返事がない。

リカがジョンジュを見つめる。
寝ているふりをしているのか寝ているのか。


リ:答えなさい。・・・ジョンジュ、ジョンジュったら。


ジョンジュの寝息が聞こえる。
リカが指先で、ジョンジュの鼻筋をさすり、頬やあごを優しく指の背で撫でる。
寝ているジョンジュを愛しそうに見つめながら、ささやくように語りかける。


リ:いつ、私をほしいと思った? いつから私を抱きたいと思った? いつから?・・・ あの人はその時、心にいなかった? 本当に、純粋に私だけを好きだった・・・? あの人は・・・あなたの心から消えない人なの? 答えて、ジョンジュ。 私だけを愛してくれる? ジョンジュ、私は、あなたが何かで苦しんでいたあの日、あなたを好きになりました。冗談じゃないのよ・・・あの日のあなたの目が、私を捕らえて放さなかったのよ・・・。


そういいながら、彼の胸に添い寝するリカ。
本当の思いを打ち明けたいリカ。
本当のことを聞きたいリカ。


リカが瞳を閉じると、流れ落ちた涙がジョンジュの胸を濡らした。







リカのいない午後。
ジョンジュのアトリエ。
電話が鳴る。ジョンジュは受話器をとる。


ジ:はい、チェです。
マ:私、マリー。なかなか電話をくれないのね。
ジ:ああ。(マリーの声に凍るような、熱くなるような不思議な動揺)
マ:なぜ? あの若い人のためかしら。
ジ:誰?
マ:一月に蚤の市で見かけたわ。あなたと仲良く手をつないでた。昔、私たちもよく手をつないで歩いたわよね・・・。もうあの子に決めてしまったの? 私はお払い箱?
ジ:マリー。出て行ったのは君だよ。どれだけの長い時間、僕が苦しんだと思う? ・・・君には想像できないよ。
マ:そうね、あなたは芸術家だもの。心が敏感なのよ。・・・でも私だって悩んだ。あなたとの暮らしを捨てたこと、とても悔やんだの。若かったのよ。心を抑えることができなかった。あなたに思い知らせたかった・・・あなたなしだって生きていけるって。でもだめだったわ。
ジョンジュ、私に会って。会えばわかるわ。誰があなたに一番ふさわしいのか。
ジ:そう簡単には会えないよ。まだ自分の気持ちが整理できてないんだ。
マ:キライになったの?
ジ:わからない・・・。
マ:とにかく来て。待ってる。いつまでも待ってるわ。ジョンジュ、・・・私のジョンジュ!


電話を切った後、しばらく考える。


今会うべきなのか。
もしマリーに会って本当にマリーでなければだめだったら、リカはどうする。
今のオレはリカを愛しているはずではないか。


引き出しを開け、マリーの写真を見る。

リカに会う前まで、日々思っていた女。
20の時からずっと思い続けた女。
それがリカが現れて、知らぬ間に簡単にリカに席を明け渡してしまったマリー。
その長い年月、心に住み続けたマリー。


確認しよう。
本当の気持ちを。
オレは、本当に誰を愛しているのか。



ジョンジュは心を決めたように洋服を着替え、約束のホテルに向かう。



今日のリカは帰りが遅いはずだ。








翌日の午前中。
ユーティリティ。
リカが、洗濯機に洗濯かごから洗濯物を押し込もうとしてシャツを落とし、拾う。

シャツのニオイを嗅ぐ。ジョンジュではないニオイ。


『ポアゾン?』
濃厚な香り。
リカとは正反対の香り。そして、大人の女の香り。


よく見るとシャツの胸に長い栗色の髪が1本ついている。
そっと取り上げる。
上から下からその髪を見つめる。リカの髪ではない女の髪。胸がつぶれそうになりながら、何度も見つめる。触ってみる。引っ張ってみる。指に絡めてみる。自分の髪と比べてみる。どう見ても違う髪。・・・押し寄せる疑いの波。


マリーなの? それとも知らない他の女?


リカはティッシュを2枚とり、大事そうにその髪を包む。
見知らぬ女の髪・・・。

包みをジーンズのポケットに入れ、たんたんと仕事を続ける。
これをジョンジュに問い詰めるか・・・悲痛な顔で、リカが仕事を続ける。








午後。
ジョンジュのアトリエ。
新しい公会堂のオブジェを考えながらも、昨日のマリーを思う。





【回想】
ホテルのラウンジ。ジョンジュが座っている。前からマリーが現れる。
マ:待った?
ジ:いや。


ジョンジュがマリーを見る。
ジョンジュより三つ年上のマリー。
一緒に暮らしていた頃に較べると、多少ふけたが、金持ちのピエールと一緒だっただけに、その輝きは只者ではない。
韓国人の父を持つマリー・パーク。
母はフランス人で、完全なフランス人としての教育を受けてきた女。それだけにジョンジュにとっては謎めいたところがあり、それが魅力でもあった。
その顔は東洋人のようでいて、光る瞳には西洋の輝きがあった。


マ:ジョンジュ、ステキになったわ。本当にあなたはキレイな男だわ。
ジ:マリー。何を言ってるの? 久しぶりに会った男に言う言葉かい。
マ:そう? なんといえばいいのかしら。そんなあなたに会いたくて、毎日あなたからの電話を待っていたと言ったほうがいいかしら。ジョンジュ。これでも真面目よ。本当にあなたに会いたかった。昔の私は、あなたを愛しているのに、あなたの仕事を理解できなくてあなたを困らせたわ。でももう大丈夫。もうそんなことはしないわ。
ジ:どういうこと?
マ:仕事に厳しいのは芸術家だけじゃないってことがわかったの。実業家もそうだった。もうジョンジュの気持ちを逆撫でしたりしない。男の人の仕事がわかったのよ。それだけでもあなたから一度離れてみてよかったかもしれない・・・。あとは・・・本当に好きな男と一緒になれれば幸せだとわかったのよ。
ジ:・・・・。


ジョンジュには、今のマリーがよく理解できない。

彼女は変わってしまったのか。

それとも昔からこういう人だったのか。
確かに言葉を検証すればおかしな事は言っていないのだが、それがとても耳障りなのは、なぜなのか。


ジ:君は変わったのかな。何か不思議な感じがするよ。僕たちは僕が二十歳の時から7年間も一緒にいたのに、今の君を見ていると、知らない人のようだ。
マ:あの女の子のせいかしら。あの子はいくつ?
ジ:24だ。
マ:私より11歳も年下?(少し笑って)それじゃ考え方もまったく違うかもね。まだ青いのね。
ジ:マリー。・・・君に会わないほうがよかったかもしれない。もう帰るよ。


ジョンジュは、これ以上ここに居たくなくて席を立った。
ラウンジを出てロビーのほうへ向かう。後ろからマリーがやってきて、ジョンジュの腕を掴む。


マ:ジョンジュ。強がってごめんなさい。私、あなたを忘れたことはなかった。いつもあなただけだった。ジョンジュ、私から去らないで。私を受け止めて。あなたが忘れられなくてピエールと別れたのよ。


マリーがジョンジュを階段のほうへ引っ張っていき、人目のないところで、いきなりジョンジュにキスをする。
ジョンジュは驚くが、なぜか甘い気持ちになってきて・・・彼女を抱く。
慣れ親しんだ口づけ。
今までの思いがフラッシュバックしてきて、マリーはまたジョンジュの恋人に戻っていく・・・。

そして、また会う約束をする・・・。








夕刻。リビング。
リカが物思いにふけっている。今朝のジョンジュのシャツのことが頭から離れない。
ジーンズのポケットに入れたあの栗色の髪。
ジョンジュに問いただすべきか。

そこへジョンジュがやってきた。


ジ:あれ、今日はジャンたちのパーティに行くんじゃなかったの?
リ:やめたの。あなたも家にいるんでしょう? 一緒にご飯を食べたいの。
ジ:いいよ。でもジャンたちに悪くない? 引越しの時もお世話になったし。
リ:いいのよ! 私はあなたと一緒にいたいのよ! (リカ自身も驚くほど、ヒステリックに言う)
ジ:(驚く)じゃあ一緒に過ごそう。


証拠はここにあるのに・・・。
ジョンジュに昨日のことを聞きたいが、言葉にすることができない。








ある日の午後。
ジョンジュが出かけていく。
帽子を目深にかぶり、隠れるようについていく黒尽くめのリカ。
ひたすらジョンジュを見つめて歩く。


(リカの視線で)
サンジェルマンのオープンカフェに座るジョンジュ。

リカが、今、あそこに行って隣に座ってしまえば笑って終わらせられる。・・・どうする。ここで追い詰めるか、許すか・・・心が決まらない。


ジョンジュの目が前方を見つめている。
リカの胸が苦しい。
その方向を目で追うことができない。
今はただひたすら、ジョンジュを見つめることしかできない。
そこに心が張り付いてしまったかのように。



女がやってくる。

あのマリーだ。

優雅に座る。

リッチな匂いのする女。
西洋の血が少し混じった女。
ジョンジュと変わらないか少し年上の女。
キレイな女。
華やかな笑いをする女。
指をからめる女。
ジョンジュを熱い目にする女。

燃えるような瞳で見つめ返す女。


マリーの足。
長く美しく手入れされた足。
洗練された組み方をする足。


そして、栗色の長い髪。
リカが手にしたあの栗色の髪。


二人は立ち上がり、歩き出す。
マリーがジョンジュの腕に手を通す。

釣り合っている二人。
人目を奪いそうなほど美しい二人・・・。


リカにはこれ以上見ることができない。
これ以上ついていくことができない。

自分よりすべてが勝る女。 

『敗北』、リカの頭をかすめる言葉。


ジョンジュの声:『リカじゃだめかな・・』








夕暮れ。
ジョンジュの家。
完全に打ちのめされたリカ。


たぶん、あの人は今日、帰らない。
この絶望感をかかえ、一人で過ごさなければならないのか。

広いリビングに一人。
むなしさを感じるリカ。

自室に入りベッドに座る。


ふと見上げると、ドア側の壁に貼られたおびただしいジョンジュのスケッチ。
リカが毎日毎日、描き続けたジョンジュへのラブレター。
リカは突然立ち上がり、力任せに、全部引きはがす。

ジョンジュがくれた道具箱。

狂ったようにそれを引きずって庭の外へ持ち出す。

ジョンジュがくれた絵の具を力いっぱい折る。
1本、2本・・・。

筆を折る。
1本、2本・・・。


リカの声:
『どうしたというの・・・男のために、私は自分の夢まで折ってしまうというの・・・。バカ・・・バカな子・・・』


こらえきれず、芝生に膝をつき、両手をついて、声をあげて泣くリカ。

心配そうに近づき見つめるボボがいる。








その夜。ベランダ。
帰らぬジョンジュを待ちながら、毛布に包まりお茶を飲むリカ。しょんぼりと弱々しく膝を抱いて、床に敷いた大きなクッションの上に座っている。横でボボが寝ている。


リ:(ボボに)リカじゃだめだっていうの? バービーが好きだっていうの? しかたがない? 本当にしかたがない? ボボ、あんたならわかるでしょう。 あんたのパパはリカを愛してる? 本当は誰を愛してるの?


ボボは、撫でられて尻尾を振るが、なぜか沈んだ様子。
リカが赤い鼻をして佇んでいる。








真夜中。ベランダ。
庭からジョンジュが息をこらしてやってくる。


ジ:リカ。どうしたんだい。外はまだ寒いだろう。(リカの顔をやさしい目で覗く)待っててくれたのかい?


ジョンジュはあふれるほどやさしい目をしている。まるでリカに会えてうれしいとでも言いたいほどに。

リカはその顔を見て、ジョンジュに抱き起こされて立ち上がるが、彼の胸のあたりから香るものがある。


『ポアゾン! 毒薬・・・あなたはすべて飲み干して来たの?』


リカがジョンジュの顔を睨みつける。


リ:お休みなさい!


リカが、ジョンジュの横をすり抜け、ガラス戸を開け、去っていく。
ボボさえ、リカについて去っていく。


ジョンジュは、一人寂しく、ベランダに取り残された。








後編に続く・・・。




ジョンジュとリカの恋は・・・。

そして、
マリーとジョンジュは・・・。


恋に翻弄されて、二人はどこへいくのか。



edited bykiko3 at
永遠の恋人 前編




主演:ぺ・ヨンジュン

【永遠の巴里の恋人】前編




ある11月の昼下がり。パリの画材店。
小さな紙袋を握りしめ、リカが出てくる。
ジーンズによれたシャツを着て、その上にセーターと短めのジャケットを羽織り、背中にバッグを背負っている。首には毛糸の長いマフラーを無造作に巻きつけて、短めのジャケットと小さな顔が相まって身長が157センチにしてはすっきりと八頭身のプロポーションを作り出している。
ポケットの中の小銭を確認してため息をつく。多色使いの毛糸の帽子から流れ出る長い黒髪をなびかせて通りを大股で歩いていく。
リカの携帯がなる。同居人のヘイジャからだ。


ヘイジャ:リカ、おはよう。
リカ:あんた、何時だと思ってるの? 昨日はどうしたのよ。・・・大家さんがきたわよ。家賃払えって。ヘイジャ、どうなってるの。このままだと追い出されちゃう。私、あんたの分まで払えないわ。今日だって絵の具、2本しか買えなかったわ。
へ:わかってる。ごめん。それより今日3時からバイトがあるの。でもミッシェルの車が壊れちゃってパリまで戻れないの・・・リカ、お願い、代わりに行って。
リ:どこまで行ったの? お金もないのに。どんな仕事? やばいことはいやよ。
へ:とにかく行って。大学でもらった仕事よ。行けばわかるわ。お願い。70ユーロ、もらえるから。
リ:一日でそんな大金・・・危険なこと?
へ:大丈夫。うちの学校の紹介だもの。彫刻家の先生のところ。大学の講師もしてるわ。お願い行って。今日だけはお願い。場所を言うわ。






午後3時前、丘の上の一軒家。
お金もなく、その上わけのわからない仕事を押し付けられて、リカは、悶々としながら坂を登りきり、丘の上にある瀟洒なレンガの家を訪ねる。
呼び鈴を押しても誰も出ない。「すみません」ドアを押すと、勝手にドアが開いて中へ入る。


リ:(大きな声で)すみません!どなたかいませんか? 大学の紹介で来ました。
男の声:中へ入って左奥のアトリエへまわってくれ。


リカは、男の声に従って、家の左側を通り、一番奥にある広いアトリエに入っていく。
中に、着古した黒のTシャツにジーンズ姿の背の高い男がいて、リカのほうを振り返った。


チェ:君?(メガネのふちに指を当て、上から下まで見る) 注文と違うじゃない。


リカは、何のことだかわからず、


リ:チェ先生? 今日は友達が来られなくて代わりに来ました。
チ:そう・・・でも君じゃだめだな。そんなやせっぽちのチビは頼まなかった。
リ:(ムッとして)なんですか、それ。失礼じゃないですか。
チ:いや、ごめん。(笑って見つめる)これは仕事だからね・・・。背の高い、お尻の大きな子を頼んだんだ。君、専攻は何?
リ:油絵です。
チ:そうか。同じ学部の人間とは仕事をしないことにしているんだ。後で問題になるといけないからね。文学部の女の子を頼んだはずだけど。その子はどう。
リ:比較文学専攻です。
チ:なら、その子が来るのを待つ。今日はいいよ。
リ:先生。そういう訳にはいかないんです。私たち、お金が必要なんです。家賃が払えなくて・・・。
チ:でもそれは僕のせいじゃない。それに君のバイトにはならないよ。それともここで脱いでみるかい、やせっぽちさん。僕のほしいモデルは豊満な子なんだけど。


リカの声:
『やっぱりモデルか。まいったな。裸? 最低。・・・でもどうする。お金は必要よ・・・。どうせこういう人は人の裸なんて見慣れているんだし、脱ぐか・・・』


リカが、チェの前で、帽子を取り、マフラーをはずして、ジャケットを脱ぎ、セーターを脱ごうとした。


チ:脱ぐ必要はない。君では創作意欲が湧かない。それよりついて来なさい。(部屋を出てドンドン歩いていく。)早くいらっしゃい。(声だけ聞こえる)


リカは、訳がわからず、セーター姿でついていく。チェが、寝室に入り、脱いであるパジャマやTシャツ、枕カバーを取って、リカに渡そうとする。
リカが困って、手を出すと、その上に次から次へと置いていく。
そして、今度は、ユーティリティに入っていく。


チ:洗濯して。


リカは、新型の洗濯乾燥機を眺め回す。チェは、リカの手から洗濯物を取り上げると、そのドラムの中へポンと入れ、洗剤を入れてスイッチを押す。「どう?」と右手を広げて、手品師のようなしぐさをした。


チ:おいで。


キッチンに入る。


チ:コーヒーを入れて。


リカは、初めてみるコーヒーメーカーに戸惑う。チェは、サッサとコーヒー豆を挽き、コーヒーメーカーに水を入れ、豆をセットして、スイッチを入れる。「どう?」また手品師になった。
掃除機を持ち出して、「これはどう?」と手招きする。


リ:これはできます。
チ:そう。よかった。じゃあ、ここを掃除して。今日の分を払うよ。まあ、あまりたくさんは払えないけどね。少しは役に立つだろ。




リカは、リビング、ダイニング、キッチンと掃除機をかける。掃除が終わり、コーヒーを持って、アトリエへ戻った。


リ:終わりました。
チ:そう。(財布を見ながら)大盤振る舞いで15ユーロというとこかな。


リカが財布を覗き込むと、チェは、嫌そうに財布を引っ込めた。アトリエのガラス戸を外から犬が引っ掻いて中に入りたそうにしている。リカが見つけて、ガラス戸を開け、大きなふわふわの真っ白な犬をなでながら、


リ:先生。私、犬の散歩は得意です。これもやっていいですか?


チェが、しょうがないなといった感じで笑って近寄ってきた。


チ:ボボ、お前も行くか?(と犬に聞く)ところで、君、なんて名前?
リ:リカです。
チ:じゃあ、リカといっしょに1時間、散歩に行っておいで。(近くに置いてあったリードをリカに渡す)これで30ユーロにしよう。
リ:(うれしくなって)はい。(ジャケットを着てマフラーをして帽子をかぶる)ボボ、おいで。リカと一緒に行こう。(ボボ、リカの言うなりについて行く)


チェは、ボボが知らない人間に従順なので、珍しいこともあるなと不思議そうに見送っている。







夜。リカたちの部屋。
ヘイジャが帰っている。


リ:大家さんには今日の30ユーロを足して我慢してもらった。まだあなたの足りない分、150ユーロはなんとか早めに払わなくちゃ。 ヘイジャ、明日はチェ先生のところへ行くわね。
へ:うん。・・・ミッシェルがね、オーディションの準備のために少しお金がいるって言うの。
リ:(露骨にイヤな顔をして) ヘイジャ。大丈夫? 彼ってあやしくない?
へ:何よ。恋もしたことのない人に言われたくないわ。(怒って自分の部屋に入る)


リカは気まずいが、ヘイジャがミッシェルと付き合うようになってから、生活が乱れ、家賃も滞納ぎみになっているのが気になる。もともとリカと違い、ヘイジャは韓国でも有数の良家の娘で、パリでの生活にはお金に困るはずがなかった・・・それなのに、もう親に無心することもできずにいること自体、ふつうではない。

ミッシェルにどれだけのお金を注いでいるのか。ハンサムでやさしいが、リカには彼の態度が鼻についてどうしても好きになれなかった。







翌朝。リカたちの部屋。
リカは、ヘイジャの分もトーストを焼き、カフェオレを作っている。


リ:(ヘイジャの部屋の戸をたたきながら)ヘイジャ、朝食できたわよ。ヘイジャ?


ドアを開けると、ヘイジャがいない。リカへの走り書きがあって、


ヘイジャの声:
『ごめん。ミッシェルの所へ行きます。仕事も彼が世話してくれます。先生のほうは断ります。学校へはしばらく行けないと思う。リカ、ごめん。リカの気持ち、よくわかっているの。でも止められない。彼がいないと生きられないから。 ヘイジャ』


リカは、深いため息をついた。
ヘイジャの行く末が心配だ。
夢見たパリまで留学したのに。
卒業まであと数ヶ月。なんの不自由もないはずの人が。どうして・・・。

リカの胸は痛い。






夕方。リカのバイト先のハンバーガーショップ。
リカが一生懸命、ハンバーグを焼いている。ムンムンと立ち上る煙の中、リカが延々とハンバーグを焼き続けている。






バイトが休みの水曜日の午後。学校帰り。
リカはあの彫刻家の家へ向かった。またドアが開いていた。


リ:先生? チェ先生、いらっしゃいますか。
チ:アトリエへ回ってくれ。


リカが、アトリエへ入る。チェが作業テーブルから顔を上げてリカを見る。


チ:ああ、君か・・・友達は来なかったよ。
リ:すみません。
チ:まあいい。違う仕事を先に始めたから、もういいよ。
リ:先生。この間はたくさんお金をいただいたので、今日はそのお返しにお手伝いにきました。
チ:う~ん、ボボの散歩でもするかい。
リ:それもしますが、洗濯とか、コーヒーとか、掃除機とか。
チ:できるの?(イスから立ち上がる)
リ:先生。私、これでも頭はいいんです。1回見ればできます。(自信を持って微笑む)
チ:よし。ついてきなさい。


寝室に入り、パジャマ、枕カバー、シャツなど、リカが洗濯物を集める。リカは洗濯乾燥機の前に立ち、ふたを開け、洗濯物をドラムの中へ押し込み、洗剤を入れ、スイッチを押す。そして手品師のように「どうです?」と手招きする。チェ先生が「よし」と首を振り、キッチンへ進む。
リカが、さっさとコーヒー豆を保存容器から出して、豆を挽き、コーヒーメーカーに水を入れ、豆をセットして、スイッチを押す。
リカが、「どうですか?」と手品師になった。
チェ先生は笑って、


チ:よし。後はお得意の掃除機だね。よろしく頼む。(といってアトリエへ去っていく)




2時間後。
リカは、ボボの散歩から帰り、ブラッシングを終えると、


リ:先生。全部、終わりました。(チェの前に立つ)
チ:ありがとう。(リカの顔を見てちょっと考え)・・・もしよかったら、定期的に来ないか。君にカギを預けておけば、君も勝手に仕事ができるだろ。ここの仕事は届け出しなくていいから。留学生はアルバイトの時間に制限があるから、たいへんだろう。少しはお金の足しになるし。
リ:(目を輝かせて)いいんですか。うれしいです。やらせてください。・・・同じ学部でもいいんですか?
チ:ああ、君はちゃんと仕事ができる人のようだから。それから、僕はチェ・ジョンジュだ。仕事がらみの人間以外にチェ先生といわれるのはキライなんだ。先生、またはジョンジュ先生にしてください。
リ:わかりました。ジョンジュ先生。(うれしそうに微笑む)






ハンバーガーショップの休みの日。
リカが、ジョンジュの家の仕事をしている。
洗濯するリカ。掃除機をかけるリカ。
ボボがリカの後ろを、しっぽを振ってついていく。
リカがアトリエのテーブルにコーヒーを置いていく。ジョンジュはまったく気にせず、仕事を続けている。






3週間後の昼。リカたちの部屋。
リカは、リビングでPCを使って、美術史のレポートを書いている。ドアが開き、ヘイジャが入ってくる。その顔色の悪さにリカは驚く。


リ:ヘイジャ。(心配そうに近寄る)
へ:ただいま。(幽霊のようにゆっくりソファに座り、うつむいている)
リ:コーヒーでも入れる?
へ:うん・・・。(しばらくして、わっと泣き出す) リカ、私・・・。
リ:ヘイジャ。(ヘイジャの足元に座り、ヘイジャの膝や肩をなでる)
へ:私ってバカ。本当にバカ・・・。リカ、私・・・知らない男に何度も抱かれた・・・。ミッシェルのために。
リ:・・・(絶句)
へ:バカでしょう。ミッシェルの仕事って・・・。
リ:何よ、それ。(言っているうちにだんだん腹が立ってくる)なんで、なんであんたがそんな事しなくちゃいけないのよ。
へ:愛してたのよ。愛してたのよ、ミッシェルを。でもあいつは違ってた。あいつは黄色い女を食い物にするだけの男だったのよ。
リ:(ぞっとして)これからどうするの。
へ:逃げて来たの、あいつから。・・・どうしよう。どうしたらいいの。
リ:ヘイジャ。(少し考えてから)帰りなさい。帰りなさいよ、韓国へ。捕まっちゃだめよ。早く、早く支度して。ここにいてはいけないわ。
ヘ:・・・。(天を仰ぐように)こんなことでパリを去るなんて。
リ:急がないと。航空券はある? ジャンに手配してもらおうか、安いやつ。あの子のバイト先の旅行会社で。今すぐ乗れるやつ。


ヘイジャが泣き崩れる。
リカが携帯でジャンに連絡する。とにかく至急航空券が必要だと。
ヘイジャとリカが、猛スピードで荷作りをする。必要なものだけ、スーツケースに突っ込んでいる。





リ:もうすぐ、ジャンとジュリーが車で迎えに来るわ。(窓の外を見る)
へ:リカ、あんたもここを離れていたほうがいいわ。ミッシェルが来るもん。あんたには手を出さなくても私のこと、探すわ。


リカはヘイジャに言われて、怖くて震えてしまう。
チャイムが鳴った。


リ:(恐々出る)誰?
ジャン:ジャンとジュリーだ。


リカがアパートの施錠を開ける。二人が入ってくる。


ジュリー:早く行こう。ヘイジャ。支度できたの? リカ、あんたも必要なもの、持って。しばらくは帰らないほうがいいわ。
ジャン:とにかく、二人とも支度して。リカ。急いで。あいつが気がつく前に出発しよう。


リカは、緊張感で胸が張り裂けそうだが、ボストンバッグに簡単な着替えとPCと教科書を突っ込む。ジャンがリカの絵の道具を持って、四人は階段を転げ落ちるように下りていく。
ジャンの車のトランクに荷物を押し込み、四人は車に乗り込んだ。


ジャン:まずは空港へ行こう。


助手席のジュリーがヘイジャに航空券を渡す。


ジュリー:10時の便よ。これに乗るのよ。お金は月末までにジャンの会社に振り込めばいいから。


ヘイジャが震える手でそれを受け取る。顔は真っ青である。リカも震えているが、青ざめたヘイジャの肩を抱きしめて、車は空港へと向かった。






真夜中。ジャンとジュリーの暮らす部屋。
3人はおし黙って、ソファに座っている。


ジャン:(ぽつんと)たいへんだったな。
ジュリー:ヘイジャがあいつにひっかかるなんて。ミッシェルってやつ、くせもの。アジア人の女の子にすぐ手を出して金を奪って捨てていくやつよ。まさか、ヘイジャが・・・あの子が引っかかるなんて。
リ:・・・知らなかった。そんなやつだったなんて。(悔しい)
ジャン:リカ。どうする、これから。しばらくはここにいろよ。それから新しい部屋を探したほうがいい。
リ:うん、迷惑かけてごめんね。
ジュリー:(リカの横に座り、リカを抱きしめ)気にしないで。リカのせいじゃないもん。リカがいると刺激になっていいし。(ジャンのほうを見る)


三人は笑ってみたものの、また黙り込んでしまった。






明け方。
ソファで毛布に包まって横になるリカ。

ああ・・・。
一睡もすることができない。
ヘイジャは無事に家までたどり着けただろうか。







二日後。ジョンジュの家の広いキッチンカウンター。
早めに仕事を終えたリカが背の高いイスに座っている。
PCを開く。
ヘイジャから無事に着いたこと。チケット代を振り込んだというメールが入っている。
リカは、PCで美術史のレポートの続きを書き始める。参考文献を見ながらレポートに熱中している。

近くにジョンジュが来て、じっと見つめていることもまったく気づかない。


ジ:真面目に勉強しているな。利口そうに見えるぞ。(睨みつけて言う)
リ:(びっくりして)おどかさないで下さい。
ジ:僕の家だよ。(笑う)どうした。勉強をする場所もとうとう失くしたか。家賃が払えなくなったのかい?
リ:いえ・・・。
ジ:どうした?
リ:それが・・・。


ジョンジュがリカの隣に座って話を聞く。リカがヘイジャのことをかいつまんで話す。
ジョンジュは、じっと聞いていた。


ジ:おまえは大丈夫なのか。(心配そうにリカを見つめる)付きまとわれたりしてないのか。
リ:(「おまえ」という表現にドキッとするが、平生を保ちながら)今のところ、大丈夫です。それにあいつには嫌われていたし。でも怖くて部屋には戻れないんです。今はカップルの友達の部屋に寝泊りしているんですけど。


ジョンジュがじぃっと考えている。それからリカを見て、


ジ:ここでよかったら、一部屋空いているぞ。ここへ来るかい。ここなら、そいつも手出しできないだろう。
リ:(妙にドキドキして)それは・・・。
ジ:男一人といっても別に何も起こらないさ。今まで通り、仕事をしてくれたら家賃はいらないし、おまえの食費も浮くだろ。それにオレはオレで自由に暮らしていくし。


リカは、ジョンジュが「オレ、おまえ」と言うのにドギマギしながら、今までとはもう状況が変わっていることに気づく。


ジ:どうする?
リ:(選択の余地はない)先生に甘えていいですか。一人では高くて部屋が借りられないんです。
ジ:よし。じゃあ好きな時に引っ越しておいで。(リカのPCのほうを見て)何のレポート?
リ:ペール先生の美術史です。
ジ:いつまで?
リ:今週いっぱい。
ジ:じゃあ、明日引っ越して、あさってプリントアウトしてアトリエのテーブルに提出。わかったね。
リ:えっ?


ジョンジュが、さっさとキッチンを出ていく。賽は投げられた。もう彼のペースで動き始めている。







翌日。
ジャンとジュリーに手伝ってもらい、リカはたいへんな引越しを一日で終えた。
リカの部屋はキッチンに近く仕事もしやすい。簡単なシャワーとトイレがついている。
ジョンジュの寝室とアトリエは家の反対側にあるので、なんとも暮らしやすい環境だ。


リカは、ジョンジュへの提出日に、必死でレポートを書き上げ、アトリエのテーブルの上に置く。
ジョンジュがアトリエに入り、レポートを目にする。
それからアトリエのテーブルで、リビングのソファで、ベッドの上で、赤ペンを持って添削する。







次の朝。
リカがキッチンへ出ていくと、カウンターの上にリカのレポートがおいてある。
その上にメモがある。


ジョンジュの声:
『トレビアン! ただし、フランス語の用法でおかしい点がある。赤を入れたので直して提出しなさい。 おまえは優秀なんだね。 ジョンジュ PS:おまえの本名はマツモト・リカコか』


リカはちょっと鼻高々、うれしい気持ちになる。ジョンジュにお礼を言いたいが出かけている様子。
しかし、彼がいない理由もわかる気がする。
お礼など言われるのが恥ずかしいのだ。リカは、ちょっぴり幸せな気分になった。







ある日の午後。ジョンジュのアトリエ。
ジョンジュがテーブルで構想を練っている。リカが離れた所に小さなイスを置いて座り、ジョンジュをデッサンしている。


ジ:よく飽きないな。違うものを描けよ。(自分の仕事をしながら言う)
リ:いいえ。楽しいんです。先生は知らないかもしれないけど、先生の顔っていろいろな表情があって、おもしろい。ライフワークにします。
ジ:そんなに長居するな。(呆れながらも自分の仕事を続ける)


ジョンジュの仕事が一段落つき、顔を上げると、リカがさっきの姿勢のまま、スケッチを続けていた。ジョンジュは驚く。


ジ:おまえ、ずっとそこにいたのか?
リ:そうですよ。(笑う)先生って本当に没頭しやすい性質なんですね。私のこと、忘れてましたか?


ジョンジュは自分自身に驚く。いつも他人がいると、気が散りやすく、一人部屋にこもって仕事をしてきたというのに、この女は二時間もこの部屋にいたのだ。
まったく気にもかけなかった。

リカがスケッチブックを閉じて、立ち上がった。


ジ:どうした?(リカを目で追う)
リ:先生が一息ついたので、私も終わります。コーヒー入れますね。


リカが部屋を出ていく。
ジョンジュが、不思議そうな顔をしてリカを見送った。






【回想】
マリーと暮らしていた頃。ジョンジュが神経質にこのアトリエで仕事をしている。マリーが覗く。

マ:どう、終わった?
ジ:まだだ。ちょっとあっちへ行っててくれないか。気が散るんだよ。

マリーは悲しそうにため息をつき、去っていく。




マリーがコーヒーを持ってくる。ジョンジュが眉間にしわをよせている。

マ:コーヒー、飲まない? 疲れたでしょう。
ジ:集中させてほしいんだ。







キッチン。
リカがコーヒーをカップに注いでいると、ジョンジュがキッチンへやってきて、カウンターに座った。


リ:持っていってあげたのに。ここで召し上がりますか。どうぞ。
ジ:(カップを受け取りながら)おまえは本当に不思議だなあ。よく二時間も付き合っていられるよ。
リ:先生。忘れちゃ困ります。私はただの家政婦ではありません。これでも画家です。それだけの集中力はあります。
ジ:(黙ってうなずいて聞くが)近くにいてもまったく気にならない・・・不思議な存在だよな。(顔を見る)
リ:(褒められているのか、けなされているのか)空気のようななんて言わないでくださいね。まだ若くてピチピチしてるんですから。


ジョンジュがうなずき、笑いながら、じっとリカを見入る。






昼下がり。
今日は、リカが大学に行っている。それに帰りはハンバーガーショップだ。
ジョンジュは、リカがいない日はなぜか、もの寂しい気分になる。
手持ち不沙汰のこの気持ち。
リカがいると、返って仕事にも張りが出るような気がする。
アトリエのテーブルで道具をいじりながら、一人物思いに耽る。


ジョンジュの声:
『リカが好きなのか。イエス。・・・あんな子供がいいのか。あれでももうすぐ24だ。・・・どんな所が好きなのか。・・・よくわからない。・・・色気を感じることがあるのか。時々。でもあいつは自分をまったくわかっていない。・・・胸がときめくのか。ふいに見つめられるとドキドキする。・・・あいつは空気みたいに近くにいても息苦しくない。・・・それなのに、そばにいないと寂しくなる。 でも、リカはおまえをどう思っている? ただの家主か先生か。・・・あいつにとっておまえは男なのか?』


自分の心を持て余すジョンジュ。
電話が鳴る。
ジョンジュは、なにげなく電話に出た。


ジ:はい、チェです。
女:ジョンジュ。わかる。マリーよ。


ジョンジュは、心臓が止まりそうになった。

マリーだ。ジョンジュの初めての女。


マ:まだそこに住んでいたのね・・・よかった。ボボは、私のボボは元気?
ジ:ああ。どうしたの。
マ:ピエールと別れたの。あなたへの腹いせに結婚した人。やっぱりだめ。ジョンジュ、会いたかった。もう5年も経ったのね。
ジ:・・・・。
マ:会いたいの。こんなこと言ってごめんなさい。私が家を出たくせに。でも会いたいの。
ジ:今、答えられないよ。どう考えたらいいかわからない・・・。
マ:時間をあげるわ。電話して。あなたも終わっていないでしょう。私のこと。・・・まだ一人なの?
ジ:ああ。
マ:電話をちょうだい。必ずして。待っているわ。私のジョンジュ。


電話を切るジョンジュ。しばし呆然とする。
ふいをくらった感じ!

テーブルの脇の引き出しを開ける。

そこにジョンジュとマリーの肩を寄せた写真がある。
まだ20代半ば。ジョンジュの大学時代からの恋人。ライバルが多い中、勝ち取った美しい恋人。

ジョンジュが大きな賞を取って認められてから、二人はこの家で暮らし始めた。
楽しいはずの暮らし。しかし、現実は違った。ジョンジュは自分の仕事に没頭し、彼女を置き去りにし、寂しい思いをさせた。

彼女の望んだ生活・・・多くの芸術家に囲まれてパーティにパートナーとして出席する。初めこそジョンジュもそんな暮らしをしたが、もともと人前に出る人間ではなく、自分を内省することで、作品を生み出してきたのだ。
商業的な仕事も多く手がけるが、わざわざ人前に出て自分自身をアピールすることはない。

確かに愛していたマリー。

そんなジョンジュを残して、新しい男へと旅立ったマリー。
それでも彼女は不幸だった。本当に愛したのがジョンジュだったから。
でも二人は一緒には暮らせない・・・しかし、深く愛し合っていたのだ。


そうだった・・・ジョンジュはこの5年間、確かにマリーを待っていた。
マリーの残していった犬ボボとともに。マリーがまたジョンジュのもとへ訪れることを・・・。


ジョンジュの心は混沌とする。前触れもなく、スルスルっと心の中に入り込んだリカ。
気がついた時には、勝手に心の奥に住み着いている。まるでそこにいるのが当然というように。

身構えることなく、始まってしまったリカへの恋心。


しかし、ジョンジュ。リカとはまだ何も始まってはいないではないか。
マリーに戻るのが正しいのか・・・。 
リカは? 安らぎをくれる、ときめきをくれる、微笑みをくれる。

しかし、おまえのことをどう思っているのだ。


5年の歳月は・・・? 一瞬の恋で消えるのか? そんな簡単なことだったのか。






午後9時過ぎ。ジョンジュの家。
リカが仕事から帰って、冷蔵庫のミネラルウォーターを飲んで一息つく。
キッチンのカウンターにはチーズとパンの食べかけがあり、さっきまでジョンジュがここにいたことがわかる。


リ:先生? 先生。


リビングの外のライトがついており、ジョンジュはベランダにいるらしい。


リ:こんな寒い日にわざわざ出なくても。


ガラス戸の外を見ると、テーブルの上にワインとグラスが置いてある。ジョンジュがイスを3つ並べ、足を投げ出して座っている。リカがガラス戸を開け、


リ:先生。寒いですよ。もう入ったら?


ジョンジュは動かず、寝てしまっているようだ。リカがジョンジュの横へ行く。


リ:(ジョンジュを揺り起こしながら)先生。先生、だめですよ。風邪引いちゃいます。起きてください。


ジョンジュは深酔いしたらしく、なかなか起きない。


リ:先生!(リカがジョンジュの頬に手をあたると、とても冷たい) 先生、先生!
ジ:ああ~、リカ? う~む・・・。(また寝てしまう)
リ:寝ちゃだめだって。先生、私の肩につかまって。さあ、起きて。
ジ:うむ、リカじゃだめかな・・・。
リ:何言ってるの・・・頑張って起きてくださいよ。こんなところで寝たら凍死しちゃいますよ。


リカは、酔いつぶれているジョンジュをなんとか抱き起こし、肩を貸して寝室のほうへ連れて行く。
千鳥足のジョンジュ。小さなリカに重く覆いかぶさるように歩いている。


ジ:リカ・・・。おまえはいつもハンバーガーの臭いがするなあ。(酔いながら、耳元でささやく)
リ:う~うん、先生のほうが臭い。(酔っ払いはイヤだ)もうなんでこんなに飲んだんですか?


ジョンジュのベッドにやっとたどり着き、カバーをはがし、ジョンジュを座らせようとするが、ジョンジュは、バランスがとれず、ベッドに倒れこむ。


リ:先生。コートだけは脱いで・・・。だめか。


リカにはジョンジュは重たすぎ、もう持ち上げることはできない。リカはコートを羽織ったままのジョンジュに布団をかける。


リ:先生。メガネだけは取りますよ。壊れるといけないから・・・ね、先生!


「う~ん」といいながら、ジョンジュがリカのほうに顔を向け、メガネを取ってもらう。
メガネを外すと、ジョンジュが反射的に薄目を開け、リカを見つめた。


ジ:メルスィボークー。(笑顔でそういうと寝てしまう)


リカはそのジョンジュの目にハッと息を飲み、部屋を出る。

リカは、胸に矢を射られた気分だ。

メガネを外したジョンジュの目は、思っていたより、鋭く光り、魅惑的だった。


リカの声:
『先生は、先生は私が思っていたより、若い。若くて美しい・・・』


今まで意識したことなどなかった・・・。

自分より年上で、ちょっと頑固で変わっていて、ちょっと親切だったはずの先生が、今は、実はそんなに年上でもなく、とてもチャーミングな目をした、不思議なくらい愛しさを感じる人間に入れ替わっている!


その夜、リカはてん転として眠ることができなかった。

あの目。
あの目がリカを捕らえて放さない。


リカの中で、何かが起こり、何かが始まっていた・・・恋が、リカを捕らえて放さなかった。







翌日の朝。
リカは、キッチンで朝食を作り、いつものようにカウンターの内側で背の高い丸イスに座り、一人で朝食を食べ始めている。
ジョンジュが寝室から出てきた。
シャワーに入ってきたようだ。服装もこざっぱりとしている。


リ:(平生を保つようにちょっと冷たく言う)おはようございます。
ジ:(頭が痛そうに)ああ、おはよう。ううん・・・。(カウンターに座り頭を抱えている)
リ:(お茶の用意をしながら)先生、昨日はどうしたんですか。ベランダでなんか寝ちゃうから、私、運ぶの、たいへんだったんですよ。
ジ:ああ、覚えてないなあ。そう・・・あそこで寝ちゃったんだ。(いつもの先生に戻っている)
リ:はい、二日酔い用の漢方薬。これ飲むと二日酔い、ラクになりますよ。
ジ:ありがとう。(ぐいっと飲んで)うん、まずい。頭が割れそうに痛いよ・・・。(目が開けられないといった顔をしている)
リ:先生。何も覚えてないんですか。


頭の痛そうなジョンジュが首を少し横に振った。


リ:私にひどい事言ったんですよ。リカじゃだめだって。私がチビだからってひどい・・・。人が肩を貸してあげようとしているのに・・・。
ジ:またゆっくりおまえの話を聞くよ。今はそっとしておいてくれ。
リ:わかりました・・・。行きます。学校へ行ってきます。(そういって少しキッチンから離れようとするが、またジョンジュのほうを見てはっきりした口調で)先生。私のこと、おまえはいつもハンバーガーの臭いがするなんて言わないで下さい! 今度から、おまえはいつも絵の具の臭いがすると言ってください。行ってきます!


リカが怒ったように、出ていった。







夜。ジョンジュの家。
リカがハンバーガーショップのバイトを終え、玄関前で髪や服の臭いを嗅ぎながら、家のカギを開けて入ってくるが、ジョンジュは留守のようだ。
自分の部屋の前までくると、大きな木箱が置いてあり、手紙が載っている。


ジョンジュの声:
『好きなように使いなさい。仕事より勉強を優先させなさい。昨日は悪かったね。
 そしてありがとう。 ジョンジュ PS:おまえのお父さんの薬は本当によく効くよ』


箱を自室に運びいれ、中を見てみると、油絵の絵の具やまだ使える筆など、今リカがほしくてたまらないものばかりが入っている。


リ:先生・・・ジョンジュ。


彼の名前を口にしてみる。
胸に甘く痛みが走り、二度ほどこぶしで胸をたたく。
目を瞑る。

もう一度口にしてみる。


リ:ジョンジュ。・・・私のジョンジュ。



甘い胸の痛みが、波打つ鼓動のように、全身に広がっていくのを、リカは切なく感じていた。








中編に続く・・・。



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永遠の恋人 後編2

真夜中の家の前。
坂を上り、我が家が見えてきた。
ジョンジュは、心が満たされていくのがわかる。リビング前のベランダの照明がついている。

心がはやり、走っていく。

遠くからリカが毛布に包まって静かに座っているのが見える。
その姿にジョンジュの思いは満ちて、早く行って彼女を抱きしめたいと思う。

息を切らしながら、庭側からベランダに向かった。


ジ:リカ!


ジョンジュは思いをこめて、優しい目でリカの顔を覗き込むが、見上げたリカの目には絶望感があふれていた。

あの瞬間、ジョンジュの頭に浮かんだリカの声。

「浮気しているの? 私を愛しているって言ったじゃない。 私だけじゃないの・・」

まさにあの言葉を発しているリカの目。

声はなくても、リカの心がジョンジュを責める。

(ここからスローモーション)
そして、抱き上げたリカを抱くことも許されず、リカは無表情で自分の脇を通り過ぎていった。

まるで、ジョンジュのしてきたことをすべて知っているかのように。






夜、ベランダ。
イスに座り、ワインを飲むジョンジュ。
酔うことができない。
やるせない思いに心が沈んでいく。
足元にはボボが静かに寝ている。

戻らぬリカを待つ。
ジョンジュは昨晩のリカを思う、けなげにジョンジュを待ち続けていたリカ。


オレは彼女の愛に応えていたか。
いつも愛で満たしてあげただろうか。
・・・自分の心さえつかめず、心を裏切っていただけではないか・・・。






昼間。
帰らぬリカを待ち続けたジョンジュはとうとう、リカの部屋の中へ入っていく。

整然とキレイに片付いているリカの部屋。

壁いっぱいに貼られていたジョンジュのスケッチは、もうそこにはない。

リカがジョンジュに肩車をせがんで、揺れる肩の上で一生懸命に、貼り付けたジョンジュのスケッチ。



あの日、肩車されたリカは、ジョンジュの頭を抱き、笑いながら、スケッチを貼り付けていた。
下にいるジョンジュをアゴで使い、「もっと右! もっと左! もっと前よ!」と指図した。
そして、ベッドの上へ降ろされたリカがジョンジュを、笑顔で見つめた。

「お礼よ!」と言って、ジョンジュの手を引っ張り、自分のベッドに押し倒し、圧し掛かるようにキスをしたリカ。
ジョンジュの頬に、鼻に、額に、唇に・・・顔中、キスをして笑いかけるリカ。
ジョンジュがリカを抱こうとすると、


リ:だめ! 今日のあなたは私の僕よ。私のいう通りにして。


そういって、ベッドの上に倒れているジョンジュのセーターを脱がせ、自分もジョンジュにまたがったまま、セーターを脱ぎ、タンクトップを脱いだ。
長い黒髪の間から覗いたリカの顔は、妖しく美しかった。
そして、リカはやさしかった・・・。

あんなに、ジョンジュを全身全霊で愛してくれたのに・・・。


もう、あの全てが、ここには存在しない・・・。


ジョンジュの瞳が涙でいっぱいになった。








一週間後。午後の大学の構内。
芸術学部の建物からリカが出てくる。

少し痩せたリカ。
正面の大きな木の下にジョンジュが立っている。

ジョンジュに気がついたリカの胸が締め付けられる。
逃げ出したいが逃げる道はない。
正面の階段をゆっくり下りてジョンジュに近づく。

ジョンジュがじっとリカを見つめている。
リカが木の脇を通りすぎようとした。
ジョンジュの腕が伸びてきて、リカの腕をぐっと握り、引き寄せる。
ジョンジュがリカを真剣な顔で見つめる。
リカは目をそらしたままだ。


ジ:なぜ戻らない?
リ:(横を向いたまま)わかっているでしょ。私はもう戻ることができない。
ジ:なぜ?(リカを問いただすように、力いっぱい、自分の方へ引き寄せる)
リ:ここは大学よ。まずいでしょ。同じ学部の学生にこんなことしちゃ。
ジ:そんな事よりこっちの事のほうが大切だ。リカのほうが大切だ。
リ:知らなかったわ・・・。
ジ:とにかく話そう。こんな別れ方はだめだ。
リ:(目をそらしたまま)私を待ってた? どんな気持ちで待ってた?
ジ:・・・。
リ:私はあなたを愛してから、ずっと待ってた。ずっとずっと待ってた。あなたが本当に私だけを見つめてくれることを、ずっとずっとずっと待ってた。
ジ:リカ・・・。
リ:(初めてジョンジュの顔を見て)本当に愛してくれなきゃいやなの!(リカがジョンジュの手を振り切り、走っていく)




ジョンジュは一瞬ハッとして動けなくなるが、今ここでリカを手放したらもう戻らない。

リカの後を追っていく。
大学の外のマロニエの並木道。リカの後ろからジョンジュがやってくる。



ジ:もっとちゃんと話をさせてくれ。リカ、今おまえを失うことはできない。リカ!


ジョンジュの声に、リカは立ち止まり、振り返って、ジョンジュの目を見つめる。


ジ:リカ。愛しているんだ!


リカは泣きそうになる。


リ:これだけ傷つけても、あなたは平気でそんな事を言うの? あなたの本当の気持ち? 簡単に愛してるなんて言っちゃだめよ。 あの人は? マリーは? あの人を諦めたから、私で我慢するの? そんなの、もういや!
ジ:本当に愛してるんだ。・・・確かに自分の心がわからなくなった時があった。迷った時があった。でも、彼女と会って、おまえを本当に愛している事に気がついたんだ。許してくれ、リカ。もう一度やり直そう。

リ:もう一緒にはいられない。つらすぎて・・・。(しっかりジョンジュを見つめて)私はあなたが好き。(リカの目から涙がこぼれる)
好きで好きで気が狂いそうなの、ジョンジュ。・・・あなたを疑って、信じることができなくて。いつも心のどこかで本当に愛してくれてるって、あなたに問いかける。もう終わりにしなくちゃ・・・。
(目を落として)あなたがいない夜はつらい・・・。あなたがいないと眠れない。知らず知らずにあなたの温もりを探してしまう。つらくてつらくて、あなたのベッドに戻りたくなる・・・。でもだめ! きっとまた心が苦しくなるから。
(ジョンジュを見つめて)もう、もう戻れない・・・。(リカの胸元にはあのガーネットのネックレスが揺れている)
ジ:リカ。(リカのつらさが心に沁みてきて、リカを引き止めることさえできない)



ジョンジュは、万感の思いを込めてリカを抱きしめる。

今、この腕の中にいるリカを、こんなに温かいリカを、自分は手放さなければならない・・・。
ジョンジュは、胸が張り裂けそうな思いで抱きしめる。

リカは抱かれるままになるが、これが最後とジョンジュを力いっぱい抱きしめた。












一年後。
東京の外資系の銀行。
首からIDカードを下げて、キレイな色使いのスーツ姿の理香子が歩く。

スポーツ選手のように引き締まったふくらはぎにくびれた足首。
カツカツと歩くパンプスがよく似合う。
肩に少しかかる髪を耳にかけ、コーヒーを片手にオフィスを歩く。

フランス人の同僚が声をかけ、理香子が「ダコール!」元気よく返事をして席に向かう。
コンピュータを前に、耳にかけた電話のマイクで顧客とフランス語で商談をする。時に真剣に、時に笑顔で。






パリのジョンジュの家。
風邪ぎみのジョンジュが咳をしながら、キッチンの引き出しから風邪薬を探す。
日本語の漢方薬の袋には、リカが書いたフランス語で、症状と飲み方が書いてある。
「二日酔い」「頭痛」「咳・鼻水」「風邪総合」。
ジョンジュは一袋、選び出して、水で飲む。


ふと気がついて、その袋をよく見る。

『松本漢方薬局 東京都世田谷区三軒茶屋・・・TEL・・・・』


リカの実家である・・・。

リカは一年前、大学を退学し日本へ帰国していた。
画家としての才能を嘱望されていたにもかかわらず、自分のせいでこのフランスを去ったリカ。



リカが去ったあと、むなしく過ぎた日々。
この家さえ主を失ったかのようにシーンと静まり返っている。
リカが来る前は、いったいどうやって暮らしていたのか。
あまりの広さに気がついて家を売ろうと考えた時もあったほどだ。

一人では広すぎる空間・・・。



ジョンジュは受話器をとって電話をする。


ジ:チェ・ジョンジュです。この間の話、東京芸大でのシンポジュウム、お引き受け致します。


ジョンジュが漢方薬の袋を一つ持ってキッチンから出ていく。







五月下旬の東京。
新宿のホテルのフロントで、三軒茶屋というところまでの行き方を書いてもらったジョンジュが山手線に乗っている。
駅を一つずつ覗き込むように確認しながら、渋谷で降りる。ホームの真ん中に立ち尽くし、英語で「田園都市線」への乗り換えを聞いている。
わからない階段を下り、悩みながら、電車に乗る。ドキドキしながら、また駅の確認をしている。


地下の駅から地上に出て、また悩む。
人に聞きながら進むジョンジュ。
行き過ぎたり戻ったり・・・。

しばらくすると、目の前に『松本漢方薬局』の看板が現れる。

中を覗く。
白衣を着た50がらみの男がいる。
入ろうとすると、若い白衣の男が中から荷物を持って出たり入ったりしている。
彼はいったい何者なのか。
心が揺れる。


ここで引き返すか。・・・いや、何のためにここまで来たのだ。ここに来るため、普段引き受けぬ仕事を引き受けてきたのではないか。
何を躊躇しているんだ。


ジョンジュが、薬局に入っていく。


男:いらっしゃいませ。
ジ:(言葉に詰まって)すみませんが(英語で言う)
男:あっ、ちょっと待ってください。Wait a minute! ヒロシ~。外人のお客さんだ。来てくれ。


若い薬剤師が出てくる。


ヒ:なんでしょうか?(英語)
ジ:(困ってしまい、薬の袋を差し出す)これを・・。(英語)
ヒ:ああ、風邪薬ですね・・・。(よく見るとフランス語で何か書かれている。ジョンジュの顔を見る。英語で)フランスの方ですか。
ジ:(英語で)いえ、韓国です。でも今はフランスに住んでいます。
ヒ:(またジョンジュの顔を見る。もう一人の薬剤師に)姉さんの関係の人かな。フランス語で書かれてるよ。


父親と二人、袋を見る。


父:(日本語で)理香子、知ってますか?
ジ:(日本語で)リカさん。(微笑む)
父:(息子に)知り合いだ。わざわざ来てくれたんだよ。ちょっと英語で何か聞いてくれ。
ヒ:(英語で)姉の理香子を知っているんですね。これは姉から貰ったものですか。
ジ:(英語で)ええ、リカから。とてもよく効くので、ほしいんです・・・。(やっと本題を切り出して)ところで、リカは元気にしていますか。
ヒ:(英語で)はい、元気です。すみません。あなたのお名前は? 
ジ:(英語で)チェ・ジョンジュです。
父:ああ、下宿先の彫刻家の先生。お世話になってどうもその節は・・・。それはそれは。奥様はお元気ですか、先生。


ヒロシが通訳する。


ジ:(奥様で言葉に詰まったが、英語で)ええ。あのう、リカは絵を続けていますか。
ヒ:(英語で)ああ、残念なんですが、日本に帰ってからはやめてしまって、今はフランス語を生かして外資系の銀行に勤めています。


ジョンジュは、その言葉に胸が痛くなる。
あんなに絵が好きだったリカ・・・。
毎日、時間があれば、ジョンジュをスケッチしていたリカ。


ヒ:(英語で)あいにく姉は今外出していて、よろしければ滞在先を教えてください。きっと会いたいと思うので。


ジョンジュは躊躇うが、ここで躊躇ってはいけないと、滞在先を書き記す。


ジ:(英語で)ではリカによろしく。(薬を買って帰る)


ジョンジュが去ったあと、


ヒ:下宿先の先生がわざわざ来てくれたんだ。
父:あれは違うな。恋人だよ。理香子と同じニオイがする・・・理香子のパリの恋人だ。


ヒロシが驚いて父を見て、出ていったジョンジュを思う。







午後3時。新宿御苑。
ジョンジュはすることもなく、公園の中を散歩する。周りは家族連れやカップルばかり。
リカに会えず、心は沈むが、勇気を出して実家を訪ねたのだから、それだけは自分を評価しよう。

ふざけて遊ぶ若いカップル。リカと森を散歩した時を思い出す。






【回想】
腕を組みながら森を散歩する二人。
リカが何か思いついたように、「おぶって。おぶって!」とせがむ。
しかたなく、背負うジョンジュ。
彼の首に手を回し、幸せそうに背中で目を閉じるリカ。


リ:ジョンジュの体の音が聞こえる。(リカが体に耳を当てながら、聞き分けるように)鼓動・・・胸の音・・・血液が流れる音・・・好きだって言っているジョンジュの心の声が聞こえる・・・(リカは体をぴったりつけて目を閉じる)
ジ:こら、落とすぞ。(前に落とすように体を曲げる)
リ:やだやだ。(笑い転げる)


ふざけて、体をゆするジョンジュ。
リカが悲鳴をあげながら笑う。
やさしく落とされるリカ。
驚いてジョンジュを見るリカの顔。(リカの顔のアップ。ここからスローモーションになる)次第に笑顔になり、ジョンジュに抱き起こされて、ジョンジュの顔に近づいていく。

二人の影がゆっくり揺れるあたたかな午後。







夜。
デートから帰ってきた理香子。茶の間でくつろいでいると、弟のヒロシが入って来た。


ヒ:姉さん、今日ね・・・。
リ:ヒロシ。姉さん、結婚することにしちゃった。お見合い結婚もいいよね。
ヒ:(困ってしまって)そう、よかったね。(立ち去ろうとするが、やはり今これを言わないのはフェアではないように思えて、理香子の横に座る)姉さん。今日ね、チェ・ジョンジュさんていう先生が店に来たよ。


理香子は驚いて言葉を失う。


ヒ:一応、滞在先ね。(ジョンジュの書いた紙を渡す)まだ2日くらいいるみたい。
リ:ありがとう・・・。(受け取り、ヒロシを見て)なあに、その目は。
ヒ:いや・・・。会ったほうがいいなと思って。じゃあ。(立ち上がる)
リ:(冷静をつくろって)サンキュ! (テレビのほうを見る)
ヒ:姉さん、父さんがね・・・あの人は姉さんの恋人だって。姉さんと同じニオイがするって。理香子のパリの恋人だって。


ヒロシは、理香子の反応を待ったが、テレビを見て振り向かないので、仕方なく、静かに去っていく。






一人になると、理香子はさっと立ち上がってテレビを消し、2階の自分の部屋へ上がった。
スタンドを1つだけつけ、暗い部屋の中で、じっと考える。


この一年、忘れようと努力した理香子。
今日、結婚を決めてきた理香子。


なのに、今頃現れるなんて。どうしろというの。


答えを出せずに、バスルームに向かう理香子。
脱衣所でブラウスを脱ぐ。鏡に映る自分を見る。
首に下がったガーネットのネックレス。一度も外したことのないネックレス。


リカの声:
『忘れた? 忘れたことなんかなかったくせに! うそつき! 
一時も忘れてなんかいなかったじゃない! 何を強がっているの! 
行くのよ、リカ! 今行かなかったら一生後悔する。絶対後悔するから・・・。
ジョンジュがここまで訪ねてきたのよ、あの人が。あんたのために、ここまで。
電車を乗りついで道を尋ねて・・・ただ遊びに来るはずないじゃない!

あんたはあの人をよく知っているでしょう。
あの人よりよく知っているんでしょう。
あんたが愛している人、それはあの人でしょう。
ジョンジュ以外なんて、ちっとも愛してないくせに!
行くのよ、リカ! 行くのよ! 
強情を張っちゃだめ!』






理香子はシャワーを浴び、急いで身支度をする。

時計を見る。11時近い。
ヒロシの部屋へ行く。


リ:ヒロシ! 連れてって。ジョンジュ先生の所へ連れてって。
ヒ:今から? 今日行くの? これから?(驚く)
リ:うん、行きたいの、今じゃなきゃだめなの。今日でなきゃだめなの!


ヒロシは、姉のせっぱつまった様子に慌てて着替え、一緒に階段を下りていく。
階段横の茶の間で、父が軽く晩酌をしながら、テレビを見ている。


父:どうした、二人とも慌てて。(二人を見る)
ヒ:・・・姉さんが、これから先生に会いに行きたいっていうんだよ。


驚いて、父が、しばし理香子の顔を見つめる。


リ:父さん、ごめん。今日結婚するって言ってたのに、こんなことになっちゃって。でもね、どうしても行きたいの、今行かないと後悔しそうだから。あの人に会いたいの。


父は娘を見つめる。


父:おまえは何を言ってるんだ。もういい加減、終わりにしなさい。
リ:父さん・・・。ごめんなさい。わがまま、言っちゃって・・・。でもね、でも・・・今、あの人に会わないと・・・。
父:そんなにあの男が忘れられないのか。だったらなぜ日本に戻ってきた? パリまで行って、頑張った勉強を、絵まで捨ててなぜ戻ってきた?
リ:・・・。
父:もうやめなさい。終わったことじゃないか。もうあの男に振り回されるな。
リ:振り回されてなんかいない。私が会いたいのよ。
父:日本に来たついでにおまえの様子を見に来ただけだろ? 
リ:ここまで訪ねてきてくれたのよ!
父:理香子。目を覚ましなさい。新しい道を行くと決めたんだろ? もう忘れろ。・・・おまえに絵を諦めさせ、あんなに望んでいた夢を諦めさせた男じゃないか! もうやめろ!
リ:違うの。(涙がこぼれる)違うのよお、父さん。あの人が悪いんじゃないの。私のせいなのよ。だから、だから行かせて。
父:理香子!(理解できない)
リ:・・・終わってなんかいない。終わることができないのよお・・・。(辛く、苦しそうに言う)あの人を忘れることができないのよ!
父:おまえというやつは!


父が思い余って、理香子を掴もうとすると、ヒロシが父の肩を掴んで、父親を押し倒した。


ヒ:父さん、ごめん。姉さん、早く行こう。


倒れた父を見て、理香子は一瞬ひるむが、ヒロシが理香子の腕を引っ張っていく。


ヒ:姉さん、早く!
リ:父さん、ごめん。ごめんなさい!


理香子は泣きながら、ヒロシに腕を引っ張られ、駐車場の車のほうへ向かう。






車の中。
ヒロシが、時々理香子を見る。

理香子は心ここにあらずといった表情で、じっと前を見据えている。






ホテルの前。
車から降りる理香子。


ヒ:一人で大丈夫? 時間が遅いから、駐車場で待っていようか。
リ:(首を横に振り)うううん。ありがとう。帰っていいわ。大丈夫。わがまま言ってごめんね。なんかあったら電話するから。
ヒ:うん。・・・頑張れよ。(手を振って車を出す)


理香子は、弟のやさしさに泣きそうになる。






午後11時半。ホテルのフロント。


リ:すみません。1202号室のチェ・ジョンジュさん、お願いします。松本リカと申します。


フロントが部屋に電話を入れるが、出ない。


フ:いらっしゃらないようですね。メッセージを残されますか。
リ:いえ、ここで待ってみます。
フ:松本リカ様ですね?
リ:はい。

リカはホテルの入り口が見えるソファに腰掛け、ロビーに座って待つ。
心は激しく動揺しているが、強い意志で待つことにする。

リカの声:
『一晩だって、私はここで待つわ』

目を瞑り、じっと我慢して待つ。






12時近く。
初夏の風に吹かれながら、ジョンジュが新宿の高層ビル街を歩いている。

東京の夜は美しい。

しかし、隣にリカがいなければ、やはりここは外国でしかない。
一人ぼっちだ。

この頬を撫でる風さえも心に寂しさを運んでくるだけ。





【回想】
挿入歌が流れる中、高層ビル街を夜風に吹かれ歩くジョンジュと、回想のリカのシーンが交互に流れていく。




【挿入歌】「君への思い」

♪♪~
こもりがちな僕の心に
明るい世界、くれたのは君だね


当たり前のように愛してくれた君
なにげない愛で包んでくれた


つらい気持ち、乗り越えるとき
君の笑顔がいつも後押ししてくれる
心の中で報告するよ
今日も
僕に起きた出来事


すべてが君に甘えすぎて
君を失ってしまったのだろうか


当たり前のように愛してくれた君
なにげない愛で包んでくれた


失って気づく愚かさを知り
君に許しを乞いたいけれど
君の愛をこえる強さを
今は
僕もちゃんと持っているよ


今はただ風に吹かれて
君を思い、答えを待つよ


どんな時も愛してくれた
君を失うことは僕にはできない


風よ、どうかあの人に
僕の思いを伝えてほしい
♪♪~~





【リカの回想ショット】

多色使いの帽子をかぶり、毛糸の長いマフラーをした初めての日のキュートなリカ。
ジョンジュの額に手をかざし熱を見る、姉のようなリカ。
ベッドの中で熱のあるジョンジュを胸に抱く、聖母のようなリカ。
鏡の前でシェービングクリームを塗ったジョンジュとおどけていたリカ。

ジョンジュと手をつなぎ、通りを散歩する幸せそうなリカ。
ジョンジュにおんぶされ、まどろむ少女のようなリカ。
ジョンジュをスケッチする真剣な眼差しの画家のリカ。

一人寂しくベランダに佇む放心のリカ。
マロニエの並木で涙にくれる悲しみのリカ。
走り去っていく別れの日のリカ。



東京の空の下、ジョンジュが風に吹かれて歩いている。







ジョンジュがホテルに着く。
回転ドアを通り、ゆっくりロビーに入ってくる。
前を見ると、ロビー中央、植木の前のソファに、静かに女がうつむいて座っている。
髪を肩までたらした細身の女。
ユニークな色合わせで初夏の香りがするいでたちをしている。
他にもまだ人はいるのだが、その女のセンスのよさに、そこの場所だけ明るい感じがする。


ジョンジュがフロントへ行き、カギをもらう。フロントの男が、英語で、


フ:お帰りなさいませ。(カギを差し出す) 先ほどお客様がお見えでしたが。(周りを見るが、リカはロビー中央の植木の陰で見えない)お待ちになるとおっしゃっていましたが・・・・。
ジ:なんて名乗っていましたか。
フ:さあ、メッセージはいいとおっしゃって・・・(首をかしげながら)なんとかリカ様だったと思います。
ジ:何時ごろ?
フ:まだ30分は経っていないと思います。
ジ:ありがとう。


リカが訪ねてきてくれた・・・それもこんな時間に!
会わなくては。
今を逃してはいけない。
ただの挨拶にこんな夜中に来るはずはないのだ。


ジョンジュの心の声:『リカ!』


ロビーを見回すが、リカはいない。ホテルの外へ飛び出す。


『リカ、どこへ行ったんだ。待っていてほしかった。ごめんよ、ごめん。オレがフラフラ出歩いていたから・・・。でもおまえに会わずにはいられない』


新宿の高層ビル街で、一人佇むジョンジュ。




後ろから、

リカの声:ジョンジュ! ジョンジュ!


振り返るジョンジュ。
先ほど見かけた初夏の香りのする女が立っている。

リカの声をしたその女はだんだんジョンジュに近づいてくる。
顔がはっきり見える。

リカの顔。
心を締めつける懐かしいリカの顔。

ジョンジュは、一瞬涙が出そうになる。
自分が想像していたちょっとアバンギャルドでかわいいリカではないが、25歳のリカは少し大人びて凛として美しい。

ジョンジュも、リカのほうへドンドン近づいていき、リカの前に立つ。
リカはガーネットのネックレスを下げている。

いつも記憶の中にいたジョンジュの顔。
今、目元が光っている。

リカの瞳は以前と変わらない。
いや、もっと強い意思を持っている。


ジョンジュが、万感の思いを込めてつぶやく。


ジ:リカ・・・。


リカはジョンジュを見つめ、ジョンジュのほうへ倒れそうになる。

『やっぱり愛している』

ゆるぎない思い。


ジ:会いたかった・・・。リカ。おまえなしでは・・・。リカがいないと心の中が空っぽだよ。許してくれるかい。


お互いがお互いを求めている。


リカの声:『もういい。もういいの、ジョンジュ。私はここにいるわ』


リ:もう逃げない・・・。もう離れない・・・。それでいい?
ジ:うん・・・。(大粒の涙が一つこぼれる)待っていたよ、リカを。ずっと・・・。リカだけを。愛してる、リカ。


リカはジョンジュの愛を確信し、ジョンジュを見つめ続ける。


ジ:リカ、そばにいて。いつまでもオレのそばにいて。ずっと一緒に暮らそう・・・おまえはオレの永遠の恋人だから。


リカが大きくうなずく。
ジョンジュはリカを引き寄せ、包み込むようにしっかりと抱きしめる。

リカは、笑顔のまま、ジョンジュを見つめ、背伸びをして、ジョンジュの顔を両手で包み込む。
ちょっと泣きそうなジョンジュの顔が近づいて、キスをする。
リカがジョンジュの首に腕を回し、抱きついた。

そして二人は熱いキスをする。

もう離れない、もう放さない!


二人は見つめ合い、そしてまた、熱いキスをする。
終わることのないキス。

今までの思いを込めて、
お互いを求めるように・・・お互いを吸い込むように。





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永遠の恋人 後編1
主演:ペ・ヨンジュン

【永遠の巴里の恋人】後編






翌朝。
昨夜は、リカはジョンジュの寝室には来なかった。
ジョンジュは、昨夜のリカの様子が気にかかり、キッチンのほうへ出ていく。
キッチンは、リカがいないと空虚な空間である。

カウンターに、リカの置き手紙がある。


リカの声:
『製作があるので、大学の美術室へ行きます。帰りはわかりません。先に寝てください。リカ』


ジョンジュは、キッチンのカウンターに座り込み、昨夜のことを回想する。





【回想】

ホテルのベッドの上。
服のまま、マリーを押し倒し、抱きしめるジョンジュ。
激しいキスをして、5年ぶりにマリーを抱く。
マリーの濡れた瞳に、ジョンジュは「愛している」と言おうとするが、その瞬間、頭の中でリカの声がする。


「浮気しているの? 私を愛してるって言ったじゃない。私だけじゃないの・・・」 


ジョンジュは、ハッとしてマリーを見る。

マリー、マリー、マリー。
愛しい人のはずだった・・・。

そのマリーが帰ってきたのだ。

今度こそ、ジョンジュが心を決めれば、この恋を貫くことができるはずだ。
それがどうしたことか、まるで浮気を咎められた夫のように、ジョンジュは心も体も熱くなるのを覚えた。


マ:どうしたの?(ジョンジュの動きが止まったのを見て不思議に思う)


ジョンジュがじっとしている。

自分の中で何が起こったのか・・・。
リカは何物なのか。

こんなに長い間、待ちわびた瞬間にそっと現れる。


リカ、オレはおまえをそんなにも愛しているのか・・・。マリーよりずっと・・・。


しばしマリーを見つめるが、ジョンジュには、もう続けることができなかった。


ジ:すまない・・・。


ジョンジュは立ち上がり、愛するマリーを一人残して、部屋を出ていく。

マリーはベッドの上で額に手を置いて、やるせなく天井を見つめている。






ジョンジュが夜の街を歩いている。
春の夜風を顔に受け、ポケットに手を突っ込み、複雑な顔をしてそぞろ歩く。

結局自分は、あんなに長い間待ちわびた女を置き去りにして、こうして家路を戻ろうとしている。
今までだって、マリーを待つ間、他の女を抱いたこともあった。


リカ、おまえはそんなに大切な女なのか。


一生の恋と信じた女を残し、彼女のためにこうして歩いている。

見失いかけた真実が目を開き、心の闇に一筋の光を放つ。
自分は今まで何をしてきたのか・・・。



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